作物よりも、日本の河川敷で何十年も生き残った雑草のほうが、台木として強いのではないか
作物を選んできたのは人間だが、野生植物を選んできたのは環境そのものだ。生存力に全振りしたアレチウリの根を、スイカの台木として利用できないだろうか。
野生のアレチウリを選抜・安定化すれば、現在の高温多湿環境に適応する台木資源になり得るのではないか。
昭和に台木として能力を認められながら、扱いにくさを理由に完成されなかったアレチウリ。野生集団の選抜育種と法規制の両面から、異常気象時代の可能性を考える。
作物と野生植物は、選ばれてきた基準が違う
作物は、同じ味、同じ形、同じ大きさのものを安定して供給するために改良されてきた。
人間にとって扱いやすい性質を残し、収穫や流通に都合の悪い性質を削っていく。それが農業における品種改良である。
しかし、野生植物を選んできたのは人間ではない。
野生では生存がすべてだ。
猛暑、乾燥、豪雨、冠水、病原菌、害虫、そして一帯を奪おうとする他の植物。その中で生き残り、子孫を残せたものだけが次の世代へ進む。
特に河川敷は過酷である。
夏には地表が焼かれ、大雨では水に浸かり、ときには土ごと削られる。その環境で何十年も世代交代を繰り返してきた野生植物は、人間が守りながら育ててきた作物とは別方向の品種改良を受けている。
味や形ではない。
生存力に全振りした、自然による品種改良である。
そんな植物の根を台木として借りれば、栽培作物よりも強い苗を作れるのではないか。
スイカ幼稚園が着目したのが、アレチウリである。
河川敷を覆い尽くす悪魔の植物
アレチウリは北アメリカ原産のウリ科植物で、日本では河川敷や道路沿い、空き地などへ広く定着している。長いつると大きな葉を周囲の植物へかぶせ、光を奪いながら急速に一帯を覆っていく。
その姿は、河川敷を覆い尽くす悪魔の植物と呼びたくなるほど凶悪である。
しかし、植物としての凶悪さは、見方を変えれば能力である。
アレチウリは、キュウリやスイカと同じウリ科に属する。その根が病害や環境変化に強く、穂木となる作物を支えられるなら、敵として駆除するだけではなく、台木として利用できる可能性がある。
実際に、これはスイカ幼稚園だけの妄想ではない。
アレチウリは、実際に台木として研究されていた
日本では1970年代から、アレチウリをキュウリなどの台木として利用する研究が行われていた。
サツマイモネコブセンチュウへの抵抗性、キュウリやスイカとの接ぎ木親和性、つる割病への抵抗性、低温条件での生育などが調べられている。
スイカでは、一般的なユウガオ台木と比べても、生育や収量で大きく劣らない結果が報告された。海外でも、低い根域温度に対する強さが研究されている。
アレチウリには、台木として利用できる能力が実際にあった。
では、なぜ現在の農業では、カボチャやユウガオに並ぶ台木になっていないのか。
問題は、アレチウリが弱かったことではない
過去の研究では、アレチウリ台木の問題として、採種地域による接ぎ木親和性やつる割病抵抗性のばらつき、硬い種子による発芽の不ぞろい、細い胚軸による接ぎ木作業の難しさが挙げられている。
農業では、一株だけ優秀なら成功というわけではない。
何千株という苗を、決められた日に、同じ程度の太さと品質でそろえなければならない。
発芽する日が違う。茎の太さが違う。採取した土地によって抵抗性や接ぎ木の相性まで違う。これでは、種苗会社も育苗会社も安定して商品を作れない。
すでに発芽、太さ、接ぎ木方法、種子生産まで確立されていたカボチャやユウガオを押し退けるには、アレチウリはあまりにも扱いにくかった。
しかし、ここには一つ大きな疑問が残る。
野生のアレチウリを、そのまま完成品と比較していなかったか
アレチウリの胚軸が細いのなら、太い個体を選べばよい。
発芽がそろわないのなら、発芽が早くそろう個体を選べばよい。
地域によって能力が違うのなら、同じ環境で育てて比較し、優秀な系統を残せばよい。
太い胚軸、そろった発芽、スイカとの高い接ぎ木親和性、病害抵抗性、高温や低温への耐性、そして果実品質への悪影響が少ない個体を選ぶ。
その子孫を再び同じ条件で育て、同じ性質が安定して現れるものをさらに選ぶ。
この選抜を何世代も繰り返して、平均的に太く、発芽がそろい、性能のばらつきが少ない集団へ変えていく。
そこまで行って、ようやく野生のアレチウリではなく、農業用のアレチウリ台木品種になる。
胚軸の太さは、単に作業しやすいかどうかだけの問題でもない。台木と穂木の胚軸径の差が小さいほど、接ぎ木後の活着率や生育が向上することが、ほかのウリ科台木でも示されている。
つまり『茎が細くて接ぎ木しにくい』は、アレチウリを諦める結論ではない。本来なら、台木育種を始める理由である。
カボチャやユウガオも、野生の個体を拾ってきて、そのまま現在の安定した台木になったわけではない。人間が接ぎ木しやすい太さ、発芽のそろい、病害抵抗性、穂木との相性を選び続けてきたから、農業資材として安定している。
一方のアレチウリは、自然のばらつきを残した状態で既に完成された台木品種と比較され、発芽がそろわない、地域によって性能が違う、茎が細くて接ぎにくい、だから実用化しにくいと判断された。
それは原石を拾ってきて、宝石と同じ形にそろっていないから商品にならないと言うようなものではないだろうか。
アレチウリが台木として完成しなかったのではない。
人間が、台木として完成させるところまで育種しなかったのである。
当時は、そこまでして使う必要がなかった
もちろん、当時の判断にも理由はある。
アレチウリを集め、比較し、選抜し、安定した系統にするには長い時間と費用がかかる。
その間にも、カボチャやユウガオを使えば十分な苗を生産できた。
気候も現在ほど過酷ではなく、既存の台木で対応できるなら、わざわざ扱いにくい野生植物を一から農業用品種へ変える必要はなかった。
アレチウリが負けたのは、植物としての能力ではない。
均一な苗を安く大量に作る競争で負けたのである。
そして現在は、法律が再研究の壁になる
現在、アレチウリは特定外来生物に指定されている。
許可なく栽培、保管、運搬することは原則禁止され、販売や、許可を持たない相手への譲渡も認められていない。研究目的であれば許可を得て扱えるが、逃げ出さないための施設と管理体制が必要になる。
つまり、研究自体が完全に禁止されているわけではない。
しかし、研究できることと、農業へ転用できることは別である。
台木を実用化するには、各地の個体を収集して比較し、種子を増殖し、系統を保存し、育苗会社へ運び、接ぎ木苗を生産し、各地の試験場や農家で栽培試験を行う必要がある。
アレチウリの場合、そのすべてに栽培、保管、運搬、譲渡の規制が関係する。
大学の隔離施設で数株を研究することはできても、種苗会社が増殖し、育苗会社が苗を作り、農家が購入する通常の産業構造を作ることは極めて難しい。
性能の高い台木を作れたとしても商品化の出口が見えなければ、企業や研究機関が長期間の育種へ資金を投じる理由は弱くなる。
昭和の台木研究が止まった最初の原因を、アレチウリの違法化だけに求めることはできない。
しかし、異常気象の時代になってアレチウリを再評価しようとしたとき、特定外来生物という新しい壁が研究の再開と農業への転用を難しくしている一面はある。
かつては、扱いにくいから使われなかった。
現在は、扱いにくいうえに自由に育種も流通もできない。
ニワウルシは合法で、アレチウリは違法である
ここで奇妙に感じるのが、ニワウルシとの違いである。
ニワウルシは地下の根から大量の萌芽を出し、密集した群落を作る。葉、樹皮、根、種子などには、他の植物の発芽や生育を抑える物質も含まれている。地上部を切るだけでは根から再生し、処理を誤るとかえって萌芽を増やすこともある。
環境省の生態系被害防止外来種リストにも掲載されている侵略的な外来植物だが、アレチウリのような特定外来生物としての一律の栽培・運搬規制は受けていない。
もちろん、法律上の指定は植物の戦闘力ランキングではない。
被害の種類、分布状況、農業への影響、規制による社会的効果などを考えて決められる。
それでも、禁止されている植物だから最も危険で、禁止されていない植物だから安全という単純な話ではないことが分かる。
法律の線引きと、植物そのものの能力は一致しない。
気候のほうが、昭和とは変わってしまった
現在の日本では、最高気温が40℃を超える地点が現れるようになった。豪雨、冠水、乾燥、暖冬、急激な温度変化も、作物にとって無視できない問題になっている。
もちろん、河川敷で生い茂っているからといって、アレチウリ台木がスイカを40℃の暑さから守れると断定することはできない。
地上の気温と根域温度は違う。侵略性が強いことと、優秀な台木であることも同じではない。
しかし、だからこそ調べる価値がある。
昭和に調査されたアレチウリと、現在の日本各地で世代交代を続けているアレチウリは、本当に同じなのだろうか。
この約40年間、河川敷では猛暑、豪雨、冠水、乾燥、病害、そしてニワウルシを含む他の侵略的植物との競争が繰り返されてきた。
その中で自然選択を受け続けた地域集団に、当時とは異なる耐性や個体差が生じている可能性はないのか。
40年前より強くなったと、調べずに断定することはできない。
しかし、40年前と同じだと決めつける理由もない。
各地の集団を同じ環境で育て、根の量、胚軸の太さ、高温・低温・乾燥・過湿への反応、病害抵抗性、スイカとの親和性を比較する。
そして優秀な個体を選抜し、性質を安定させる。
本来なら、それが現代のアレチウリ台木研究になる。
怪物を野に放つのではない
アレチウリを農地へ自由に放てば、作物を助けるどころか農地を侵略する。
その危険性を軽視することはできない。
しかし、花や種子を作らせず、外部へ逃げ出さない施設で管理し、根の能力だけを台木として利用する道はないのだろうか。
さらに育種によって繁殖能力を抑え、接ぎ木専用の安全な系統を作ることはできないのか。
これは怪物を野に放つ研究ではない。
怪物の能力だけを、人間の管理下で働かせる研究である。
植物は、人間を困らせるために進化しているわけではない。
人間の法律にも農業の都合にも忖度せず、変化する地球で生き残ろうとしているだけだ。
人間が守りながら育ててきた作物が耐えられなくなった環境を、雑草はすでに生き抜いているのかもしれない。
スイカ幼稚園は、いつか正規の許可と管理設備を整えたうえで、アレチウリという悪魔の植物に問いかけてみたい。
その根は、大玉スイカをどこまで守れるのか。
昭和に能力を認められながら、扱いにくさを理由に完成されなかった野生台木。
その原石を選び抜き、均一化し、農業用品種として完成させたとき、どのようなスイカ苗が生まれるのか。
まだ分からないこと
- 現在の日本の野生集団に、台木向きの太い個体がどの程度含まれるか
- 胚軸の太さや発芽のそろいを、選抜によって遺伝的に安定させられるか
- 耐病性や環境耐性を残したまま、接ぎ木の成功率と収量を安定させられるか
- 果実の香りや肉質など、穂木側の『スイカらしさ』へどんな影響が出るか
- 特定外来生物として、収集・育種・流通まで含む封じ込め研究を現実にどう設計できるか
この研究は、まだ終わっていない。
アレチウリは、完成に失敗した台木ではない。
人間が完成させる前に、研究を止めてしまった台木なのかもしれない。