初速の遅い個体は、伸びる前に体を作っているのではないか
園児カゲロウは、発芽した直後、まるで死んでしまったように動かなくなった。
初速の遅い個体には、徒長を避け、伸びるより先に体を作る性質があるのではないか。
初速の遅い個体の中には、ただ成長できないのではなく、上へ伸びるより先に、後の成長を支える体を作っている個体がいるのかもしれない。
死んだように動かなくなった
園児カゲロウは、発芽した直後、まるで死んでしまったように動かなくなった。
ほかの園児たちが次々と葉を広げ、背丈を伸ばしていく中、カゲロウだけが置いていかれた。
「カゲロウは駄目な子なのだろうか」
心配になってAIたちに相談すると、地上では動いていなくても、土の中で根を育てているのかもしれないと言われた。
見える根は、誰よりも少なかった
しかし、透明なプラコップ越しに見えるカゲロウの根は、誰よりも少なかった。
背丈は低い。葉も小さい。根も多く見えない。
そのまま大きな変化を見せることなく、植え替えの日を迎えた。
根の少ないカゲロウは、植え替えによってわずかな根まで傷つき、そのストレスで死んでしまうのではないか。そんな心配さえしていた。
結果は、まったく逆だった
ところが、結果はまったく逆だった。
カゲロウは植え替えを乗り越え、室内栽培でありながら、室外の園児たちに匹敵するほど生い茂ることに成功した。
赤ちゃんの頃から茎が太かった
今になって思い返すと、カゲロウは赤ちゃんの頃から、背丈のわりに茎が太かったように思う。
植物の茎の強さには、細胞壁の厚さや組織の作り方が関係している。リグニンは植物ホルモンではなく、細胞壁に蓄積して組織を硬くし、水を通しにくくする物質である。
スイカの果皮にもリグニンは含まれており、その硬さに関係している。果皮すべてがリグニンでできているわけではないが、大きく育ったスイカの硬い外側は、柔らかい果肉を守る防壁になる。
つるを伸ばすことと、徒長は違う
植物が光を求め、茎を細く長く伸ばしてしまうことを徒長という。
ウリ科植物は、もともとつるを長く伸ばして周囲へ広がる性質を持っている。しかし、同じ長さの茎でも、細く頼りない茎と、太く充実した茎では意味が違う。
カゲロウは、幼い時期から伸びることだけを優先せず、茎や組織を作ることに多くの資源を使っていたのではないだろうか。
一例から見えてきた可能性
もちろん、カゲロウ一株だけを見て、初期成長の遅いスイカは将来強くなると言い切ることはできない。
発芽の遅れには、種の状態、温度、水分、根の傷みなど、さまざまな原因が考えられる。
それでも、カゲロウという一例から、少なくとも一つの可能性は見えてきた。
幼い頃の成長速度だけでは、その個体の将来は判断できない。
初速の遅い個体の中には、ただ成長できないのではなく、上へ伸びるより先に、後の成長を支える体を作っている個体がいるのかもしれない。
普通の栽培なら、間引かれていたかもしれない
スイカ栽培では、発芽が遅く、背丈も低く、葉の小さな苗は、弱い苗として早い段階で間引かれてしまうことがある。
もしカゲロウが普通の栽培環境にいたなら、現在の姿を見せる前に、育てる価値のない苗として扱われていたかもしれない。
まだ分からないこと
- カゲロウの幼い時期の茎径や節間長を、ほかの園児と数値で比較できていない
- 初速の遅さが遺伝的な個体差なのか、微細な環境差への応答なのか
- 茎の太さとリグニン量や支持組織の発達に、実際どの程度の関係があったのか
- 同じような大器晩成型が、ほかの個体や翌世代にも現れるのか
この研究は、まだ終わっていない。
カゲロウが強かったのは、最初から速く走れたからではない。
誰にも期待されない時間の中で、後から走り続けられる体を作っていたからなのかもしれない。